;*トピックスⅡ [#c9081961]


三溪園の春の催し

1.俳句展
  年間を通じ園内の投句箱に寄せられた俳句や観梅会俳句大会での優秀作品を展
 示。
  著名俳人が三溪園で詠んだ句もあわせて紹介します
   日 時:平成29年3月16日(木)~5月24日(水)
   場 所:三溪記念館・第3展示室
2.観桜の夕べ
  ライトアップにより浮かび上がる三重塔などの建造物や桜の景観は、昼間とは
 また違う表情になります。風情ある夜桜が楽しめます。
   日 時:平成29年3月25日(土)~4月 2日(日)
   場 所:三溪園外苑
3.さくらそう展
  桜草は、花菖蒲や朝顔と同じく江戸時代から栽培されてきた古典園芸植物の
 一つです。
  品種ごとに色や形に変化があり、優雅な名前も魅力の一つです。期間中は苗の
 販売もあります。 
   日 時:平成29年4月13日(木)~19日(水)
   場 所:中央広場特設展示小屋

※ 詳しくは、三溪園の案内チラシをご参照ください。


画像の説明

画像の説明

平成29年3月11日

掲載責任者 高校18期 橘川和夫

色づいたイチョウが見ごろ(山手ブラフ18番館)

 勤務先での昼食を終えた後、時間があれば山下公園から「港の見える丘公園」、さらには山手本通りを早足で歩きイタリア山庭園から富士山を眺めるのを楽しみにしている。富士山は姿を確認できないときの方が多いが、空の髙いところに雲が集まっているあたりがその方角だ。職場に戻るまで1時間弱の道のりで約7000歩。
 写真は、12月4日(金)の昼ごろ。色づいたイチョウの木を背景に写真を撮っているグループも多い。


画像の説明

 山手本通りは山手地区の尾根筋の道路だが、若い頃ならば狭い歩道を恋人と腕を組み、寄り添いながらゆっくりと歩くのも乙だろうが、ウォーキングを日課としている今は、歩数を稼ぐため早足で脱兎のごとく駆け抜けるようで、ちと味気なく侘しい気もする。
 そんなときにイタリア山庭園に寄るのが一服の清涼剤。

 参考までに、ブラフ18番館の記述をご参照ください。

 
【ブラフ18番館について】
 イタリア山庭園の一郭に移築されたブラフ18番館は、関東大震災後に山手町45番地に建てられた外国人住宅です。
 戦後は天主公教横浜地区(現カトリック横浜司教区)の所有となり、カトリック山手教会の司祭館として平成3(1991)年まで使用されてきました。 建物は木造2階建てです。
 1、2階とも中廊下型の平面構成で、フランス瓦の屋根、暖炉の煙突、ベイウィンドウ、上げ下げ窓と鎧戸、南側のバルコニーとサンルームなど、震災前の外国人住宅の特徴を残しながら、外壁は震災の経験を生かし、防災を考慮したモルタル吹き付け仕上げとなっています。
 また、解体時の調査により、震災前に建築された山手45番地住宅の一部が震災による倒壊と火災を免れ、部材として利用されていることが判明しました。
 平成3年に横浜市が部材の寄付を受け、山手イタリア山庭園内に移築復元しました。館内は震災復興期(大正末期~昭和初期)の外国人住宅の暮らしを再現し、元町で製作されていた当時の横浜家具を復元展示し、平成5(1993)年から一般公開されています。また、本館につながる付属棟は、貸し出しスペースとして市民に利用されています。
  http://www2.yamate-seiyoukan.org/seiyoukan_details/Bluff/

平成27年12月6日

掲載責任者 橘川和夫(高18期)

タウンニュース・「人物風土記」に滝田 周(高57期)さんが紹介されました。

金沢区版・タウンニュースの「人物風土記」で、平成25年、牧陵会新年会で演奏して下さった、アコーステックギターユニット(2011年5月結成)のサンドクロックの滝田周(高57期)さんが紹介されました。
8月1日,2日には、並木の船だまりで行われるサマーフェスタに出演されます。
これからのサンドクロックの益々のご活躍を楽しみにしております。

サンクロ

掲載日 平成27年8月1日

掲載責任者 深海なるみ




帆船日本丸が総帆展帆

 みなとみらい地区に係留されている帆船日本丸は、現役当時、帆走する優雅な姿から「太平洋の白鳥」と呼ばれていました。その往時の姿を皆様に見ていただくため定期的に総帆展帆(そうはんてんぱん)を行っており、次回は、7月20日(月・祝)の海の日です。
 総帆展帆とは、帆船日本丸が最も美しく見える、29枚すべての帆をひろげることをいいます(普段はたたんでいます)。
 この作業は、訓練を終えて登録されている約2,000人あまりのボランティアの方々の中から、毎回100人ほどの皆さんに参加いただいて、すべて手作業でひろげています。
 また、当日は、帆を広げる前に、年1回、海の日だけに行われる登檣礼(とうしょうれい)を実施するとともに、満船飾(まんせんしょく)も行われる予定。 

 帆を広げる作業時間  10:30~11:30
 帆を畳む作業時間   15:00~16:00
 船内見学時間     11:30~14:30
            16:00~17:00
            (最終入場は16:30)

 登檣礼(とうしょうれい)は、帆船が出航する際に船員がマストを登ってヤード(帆桁)に横一列に並び、船首に位置している者の合図とともに、一斉に脱帽し、帽子を振って三度チアリング(歓呼)を行うこと。見送りに来た来客に対する謝礼を意味する儀式。帆船において最高の礼とされる。
 満船飾(まんせんしょく)は、船でお祝いのときに国際信号旗をつづり合わせて、船首から各マストの頂を通して、船尾まで掲揚することをいいます。 

画像の説明

画像の説明

画像の説明

平成27年7月8日

掲載責任者 橘川和夫(高18)

2隻の客船が同時入港

 8月3日(月)、横浜港大桟橋に2隻の客船が入港します。午前9:00から午後5時までの間は、2隻を同時に見ることができます。
 ① ダイアモンド・プリンセス(英国 116,000t)  入港 6:00 出港18:00
 ② 飛鳥Ⅱ(日本 50,142t)        入港 9:00 出港17:00


diamond princess

ダイアモンド・プリンセス

画像の説明

飛鳥Ⅱ

平成27年7月8日

掲載責任者 橘川和夫(高18)

横浜港海上見学会を開催!参加者募集中!

 8月27日(木)に、横浜港初入港で日本に来航する客船として史上最大の「クァンタム・オブ・ザ・シーズ(Quantum of the Seas)」が寄港します。
 同日には、観光船「マリーンシャトル」で、横浜港内を見学する「横浜港海上見学会」を開催しますので、客船が停泊中の様子を海上から眺望いただける予定です。

  日 時:8月27日(木) (1)10:00乗船 (2)15:00乗船 ※各便70分間
  対 象:横浜市内在住・在勤・在学者を代表者とした1組5名まで
  定 員:各便250名、合計500名
  締 切:往復はがきでの応募で7月15日(水)消印有効
  問合せ:横浜港海上見学会事務局(一社)横浜港振興協会
      TEL:045-671-7241(受付時間:9:00~17:00※土日祝日は除く)

  ・応募方法などの詳細は 
   www.city.yokohama.lg.jp/kowan/cruise/kengaku/0827kaijyo.html

  ※ 横浜港振興協会からのお知らせ
    同船が着岸する大黒ふ頭の岸壁は、一般の方の立ち入りが制限されている
   区域です。
    ふ頭内に見物用の特設スペースや駐車場は設けませんので、大黒ふ頭への来
   場はご遠慮ください。


quantum of the seas

平成27年7月8日

掲載責任者 橘川和夫(高18)


大型客船が相次いで横浜港に入港

 ダイアモンド・プリンセス号(11万6千トン)は、4月29日(水・祝)午前6時に横浜港に入港し、午後5時に出港する予定。
 コスタ・ビクトリア号(7万5,166トン)は、5月3日(日)12時半に入港し、午後5時に出港する予定。

 いずれも、午後に横浜発着クルーズ開始記念セレモニーが開催されます。
 詳細は、横浜市記者発表資料をご覧ください。


diamond princess

ダイアモンド・プリンセス号

costa victoria

コスタ・ビクトリア号

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記事掲載日 平成27(2015)年4月28日

記事掲載者 橘川 和夫(高18期)


タウンニュース・「人物風土記」に橘川和夫(高18)さんが紹介されました

人物風土記

掲載日・平成27年4月2日
掲載責任者・深海なるみ



第9回 青春かながわ校歌祭が開催されました

平成26年10月12日(日)よこすか芸術劇場にて

10月12日(日)「第9回青春かながわ校歌祭」に牧陵会が参加しました。
10月12日校歌祭019
出演者合唱約70名、吹奏楽 10名、応援約30名の約110名が参加され、校歌を熱唱いたしました。今回は 三徳会からの参加もあり、在校生20名と世代を超えた、力強い合唱でした。

10月12日校歌祭003

10月12日校歌祭004


10月12日校歌祭005
14時50分ロビー1階に集合。
10月12日校歌祭009
実施要領の説明、練習、整列順を確認後、


10月12日校歌祭008
B2Fに移動してリーハーサル、25番目として15時53分から7分間、緑高校歌三中校歌を歌いあげました。

10月12日校歌祭016
学校紹介文朗読は吹奏楽部の中村翼さん、
10月12日校歌祭013
緑高校歌三中校歌のピアノ伴奏は高校22期の島田桂子さんが行いました。
10月12日校歌祭018
今回から吹奏楽部の演奏も参加し、
10月12日校歌祭017
緑高校歌の指揮は高校山口一郎先生、
10月12日校歌祭019
三中校歌指揮は応援指導部OB、伊藤順孝さん(高15期)、向井信一さん(高21期)が行いました。

10月12日校歌祭020

各部会の方々も会場設営、受付や、荷物預かり等の各種段取りにさまざまなご協力をいただきました。また、ビデオ撮影 横山洋之さん(高13期)、広報写真 小松崎敏彰さん(高21期)が活躍されました。

掲載日 平成26年10月20日

記事作成者 岩井 功(高校21期)
掲載責任者 小松崎 敏彰(高21期)

佐野浅夫さんが母校を訪問されました

5月11日、学校にテレビドラマ「水戸黄門」の徳川光圀役などで有名な
俳優佐野浅夫さんが奥様と母校 緑ヶ丘高校を訪問されました。

画像の説明

予告もなく、ふらっとお越しになりました。
校史資料室と応接室へご案内しました。
在学中の校長先生は船越先生(第4代)だったそうで、
船越先生の絵の下で記念撮影をしました。
奥様のお話だと、学校へ着いたら三中校歌を歌い出されたそうです。
奥様も「初めて聴いた」とおっしゃっていました。 
                  (川手 徹教諭より)

掲載日 平成26年6月2日
掲載責任者 小松崎 敏彰(高21期)

90周年記念事業マスコット「みどなりくん」お目見え

創立90周年を迎えた母校において、節目の年を記念してオリジナルキャラクターを制作しました。生徒から公募し、2年生の高瀬みゆきさん(17)が考えた「みどなりくん」に決定され、神奈川新聞にも掲載されました。今後、募金事業の広報役や11月の記念事業のマスコットとなります。

90周年記念キャラクター”みどなり”

      
神奈川新聞紹介記事(2014.2.22)

掲載日 平成26年2月22日
掲載責任者 向井信一(高21期)

かながわ部活ドリーム大賞で表彰

小島副校長先生から、「かながわ部活ドリーム大賞」で表彰の、
お知らせをいただきました。

牧陵会はじめ、多くの方から、本校の部活動については、ご支援をいただいており、そのおかげと感謝いたしております。
ご報告含め、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
神奈川県教委が実施している「かながわ部活ドリーム大賞」で、
本校が表彰を受けることになりました。        

画像の説明

 かながわ部活文化賞(対象は文化部全体です。)
 かながわキャプテン賞(''対象は野球部3年キャプテンです。)
表彰式は、2月8日(土)、神奈川県庁で行われます。
素晴らしいことですね!

かながわ部活文化
①学校全体の文化部活動が特に活発であり、本県の文化芸術全般への貢献が大きいと認められる学校に送られます
②各種大会やコンクールで全国的に注目される著しい成果があった団体に送られます。
かながわキャプテン
優れたリーダーシップを発揮したキャプテン(部長)に贈る「ナイスキャプテン」賞です。
尚、
この表彰は、「かながわ部活ドリームプラン21 versionⅡ」に基づき、部活動の活性化につながる取組みを積極的に行った団体・個人(県内中学校・中等教育学校・高等学校・特別支援学校)に対し、 神奈川県教育委員会教育長表彰を行い、平成19年度に創設。

掲載日 平成26年1月25日
掲載責任者 深海なるみ
、、



緑高クラリネット三重奏が金賞受賞・県代表に!

神奈川県吹奏楽連盟オリジナルキャラクター”吹ッキー”
緑高小島副校長より、うれしいお知らせをいただきましたので、ご紹介します。
「2013年12月15日(日)、ハーモニーホール座間で開催された第37回神奈川県アンサンブルコンテストにおいて、金管八重奏が銅賞、クラリネット三重奏が金賞を受賞しました。
 さらに、クラリネット三重奏は、県代表として、1月25日(土)、千葉県君津市で行われる東関東大会への推薦を得ることができました。
 特に、技術力、表現力の高さから、クラリネット専門の審査員から高い評価を得ることができました。」

神奈川県アンサンブルコンテスト結果
http://www.kanasuiren.com/ensemble/enresult.html

掲載日 平成25年12月20日
掲載責任者 向井信一(高校21期)

ハマの学習院・旧制横浜三中

画像の説明

先日、資料展示室実行委員会で母校の電算室の資料整理に、伺った時に、小島副校長先生から、緑高創立80周年の折に作られ、大事に保管されていた三中の制服を見せて戴きました。
この制服は、平成15年11月14日・関内ホールで開催された、創立80周年記念式典で生徒さんがモデルになって披露されました。
(我が家のリホームで、緑高時代の思い出の品々が出てきた中に、
茶色くなった平成15年11月18日の新聞切り抜きがありました。)

掲載日 平成25年12月8日
掲載責任者 深海なるみ





平成25年度牧陵会定時総会・懇親会写真速報

平成25年度牧陵会定時総会が開催されました。

日時:平成25年6月1日(土) 午後2:00~4:00

場所:波止場会館 多目的ホール

写真速報を掲載いたします

懇親会は『東天紅横浜店 フォルトナーレ』(産貿センタービル10F)



掲載日 平成25年6月2日
写真撮影 小松崎敏彰


高校18期佐藤正彦さんの書籍の発行について

「動画でわかるSketchUp最強バイブル」『5月23日』発売されました
サンプル動画4本を掲載いたします。ご覧になって宜しければお買い求め下さい。

動画でわかるSketchUp最強バイブル1

動画でわかるSketchUp最強バイブル 2

動画でわかるSketchUp最強バイブル3

動画でわかるSketchUp最強バイブル4






10万人目訪問者にプレゼントが贈呈されました!

4月13日 午前9:30~ 波止場会館5階で開催された同期会幹事委員会で10万人目訪問者にプレゼントが贈呈されました!
同時に10万人訪問日的中者2名にプレゼントが贈呈されました。

画像の説明
【10万人者訪問カウンター全体画像】

画像の説明
【10万人者訪問カウンター部分拡大図】

画像の説明
【プレゼント商品一万円商品券】

因みに10万人達成日時は、2013/03/18 9:48分でした。


商品名氏名卒業期
10万人目訪問者訪問表彰佐藤 正彦18期
10万人訪問日的中者表彰冨士崎 和雄21期
佐藤 正彦18期




平成25年4月15日
記事掲載者:佐藤 正彦(高校18期)
写真撮影者:佐藤 正彦(高校18期)
掲載責任者:佐藤 正彦(高校18期)

2013年 牧陵会新年会 が開催されました

1月19日(土)県民ホール6階の英一番館で、来賓3名(林校長先生他2名の先生方)・会員118名・合計121名の出席のもと牧陵新年会が開催されました。

美濃さん(高校22期)の司会で、山下牧陵会長、林校長先生の挨拶に続き、出席者最高齢の小濱先輩(中学17期)の乾杯発声で宴がスタートしました。
横濱本牧はやし連(代表・高校17期の鶴岡さん)の獅子舞が新年の華やかな雰囲気をつくり、全国バンドコンテストでグランプリを受賞したサンドクロックの演奏がありました。サンドクロック(男性2名)の滝田さん(高校57期)はお父さんが緑高の先生、兄妹も緑高生と言うことで、演奏に加え、話しでも大いにお盛り上がりました。
クラブOB会などの活動報告もたくさんあり、皆さんが意を伝えたくて時間超過の挨拶が続出し、最後は恒例の校歌斉唱で宴を終わりました。

新年会を同期会の場とする期やクラブOB会などは1テーブルでは足りない参加がありました。また、高校30期代以降の参加が大幅に増加し(最年少は高校63基の山縣さん)、世代交流が図られました。

今回の当番幹事の高校5期、15期、25期の皆さんが受付・接遇などに活躍いただきました、ありがとうございました。




新年会000
山下牧陵会長挨拶

看板は小林さん(高校28期)書

新年会001
林校長先生のご挨拶

新年会002
小濱先輩(中学17期)の乾杯発声

新年会003
本牧囃子連

新年会004
サンドクロック・滝田さん(高校57期)

新年会007
会場から港が一望


横濱本牧囃子連の「はやし」は、ひらがな表記でした。
正しい表記「横濱本牧はやし連」に訂正しました。3月2日 小松崎



ハンドボール部設立40周年記念交流会実施(報告)

                         
掲題の件、去る12月9日(日)母校にて開催されました。
当日は現役顧問の田中先生を中心に、創部当時の初代(高27期)から
2年前に卒業し大学でハンドボールを続けている若手、また一時部員が
減り部消滅の危機から復活させた39期生4名も当日牧陵会HPを見て
参加し約20名のOB・OGと在校生約30名の合わせて50名余りの方が
集まりました。
現役生の県大会での活躍が田中先生から紹介され、緑高は今では横浜の
強豪校に成長している事を知りOB・OGには嬉しい驚きでした。
また、OB・OGからは初代女子部長の池田玲子さんの作詞作曲による
ハンドボール部の応援歌が披露され、現役生に贈呈されました。
今後、OB・OG相互の親睦を広げるとともに、現役支援として用具の寄贈や
試合の応援等の活動を継続していく予定です。
 

  • 連絡先   赤塚 俊 :高27期(ハンド1期)
  • 電話  090-4736-0369

    以 上

    記事作成者 赤塚 俊(高校27期)

    掲載責任者 向井信一(高校21期)

第7回 青春かながわ校歌祭が開催されました

平成24年11月25日(日)神奈川芸術劇場にて

11月25日(日)「第7回青春かながわ校歌祭」に牧陵会が参加しました。
出演者約80名、応援約30名の約110名が参加され、校歌を熱唱いたしました。
まず、12時30分産業貿易センターに集合、結団式を行いました。実施要領の説明、練習、整列順を確認後、かながわ芸術劇場に移動してリーハーサル、18番目として14時50分から7分間、緑高校歌三中校歌を歌いあげました。



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結団式


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かながわ芸術劇場に移動してリーハーサル

2012校歌祭006
かながわ芸術劇場にて


2012校歌祭007
グリーンのリボンと蝶ネクタイで歌いあげました。

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高校63期の山縣由佳さん

学校紹介文朗読は高校63期の山縣由佳さん、緑高校歌三中校歌のピアノ伴奏は高校17期の小島和子さんが行いました。
校歌指揮は応援指導部OB、伊藤順孝(高15期)、向井信一(高21期)、榎本進(高21期)の各氏が行いました。
会場設営として高校21期の池田加津男さん、フロントアシスタントとして22期の美濃一代さんが従事され、各部会の方々も受付や、荷物預かり等の各種段取りにさまざまなご協力をいただきました。また、ビデオ撮影 高校13期 横山洋之さん、広報写真 高校21期 小松崎敏彰さんが活躍されました。

校歌祭の最後に幹事校の引き継ぎが行われ、今年度の平沼高校から当緑ヶ丘高校に幹事が引き継がれ、互いにエールを交換いたしました。

2012校歌祭009
来年は幹事校になりました。


校歌祭打ち上げ会報告
午後5時から産業貿易センター「浜志」で打ち上げ会を行いました。
会長挨拶の後乾杯、懇談に話が咲きました。
特に来年の幹事校の役割については、皆さんの期待が集まり、来年こそ頑張っていこうという雰囲気で盛り上がりました。

平成24年12月4日
記事掲載者  向井信一(高校21期)
写真撮影 小松崎敏彰(高校21期)
掲載責任者 小松崎敏彰



太陽の周りを「緑高地学」が回っています。

地学部が昨年末に「第9回高校生科学チャレンジJSEC2011」で入賞しましたが、
その報を聞いた地学部OBの平澤正規さん(26期、都立高校教員)が、そのご褒美として、
1995年に発見した小惑星に"Ryokkochigaku"と命名してくださいました。
このほど、その命名額が届きました。
> http://www.y-midorigaoka-h.pen-kanagawa.ed.jp/clubnews.html#n18

太陽の周りを「緑高地学」が回っています。

掲載日 平成24年9月4日
記事作成者 川手徹(母校教諭)
掲載責任者 深海なるみ



第11回緑のフェスティバルが開催されました。



会場入口~緑ヶ丘高校正門
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実行委員の方々の集合~山下牧陵会会長、池田実行委員長からの挨拶
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実行委員のメンバー
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中園副校長からのご挨拶
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受付
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会場案内版
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本部
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模擬店舗(準備風景)
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模擬店舗(渡り廊下から)
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焼き鳥(林校長、西村前校長、64期有志)
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たこ焼き(サッカー部)
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フランクフルト(21期有志)カレー・サモサ(46期有志)
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餅つき・おこわ(17期有志)
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ブルーベリー(福島県いわき市から)
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野球部OB会
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バトミントン部OB会
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バスケット部OB会
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牧陵合唱団
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吹奏楽部
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同期会幹事委員会
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手芸講習会
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校歌祭リハーサル
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講演会 大塚憲氏
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資料展示コーナー(三中・三高・緑ヶ丘高校年表)
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資料展示コーナー(牧陵会・後援三徳会)
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資料展示コーナー(野球部ほか)
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資料展示コーナー(新聞に掲載された中学期の合格者名簿)
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資料展示コーナー(横浜三中・三高・緑高六十年史)
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資料展示コーナー(横浜三中・三高・緑高七十年の歩み)
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資料展示コーナー(創立80周年記念誌)
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閉会式 井口教頭・山下会長
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平成24年9月1日
写真提供 冨士﨑 和雄
掲載責任者 冨士﨑 和雄

第94回 全国高等学校野球選手権神奈川大会  速報!!

平成24年7月12日
平塚球場にて x  二宮戦

画像をクリックすると動画がご覧になれます。

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再生時には、音量にご注意願います。

平成24年度総会 と 懇親会

総 会
日 時  平成24年6月2日(土)14:00~
会 場  波止場会館
出席者  72名

画像の説明

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総会にて

懇親会
  日 時  平成24年6月2日(土)17:00~
  会 場  東天紅横浜店
  出席者  63名(会員 60名  来賓 3名)

               来 賓  林 誠之介 緑高校長
                       中園 雅勝 緑高副校長
                       井口 貴夫 緑高教頭

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林 校長先生

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中園副校長先生

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井口教頭先生

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歓 談

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山下会長の熱弁を聞く竹田さん(高64期)

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緑高校歌 斉唱?  歌詞カードがなくて、、、、

平成24年6月9日
写真 提供 富士崎和雄
掲載責任者 深海なるみ

第6回 青春かながわ校歌祭開催  速報!! (ビデオ動画)

平成23年9月23日
神奈川芸術劇場にて

牧陵会 中学17期~高校1年生が緑高高歌・三中高歌を熱唱

画像をクリックすると動画がご覧になれます。

画像をクリックすると動画がご覧になれます。

再生時には、音量にご注意願います。

第6回校歌祭報告

「第6回青春かながわ校歌祭」が9月23日、この春オープンしたかながわ芸術劇場にて開催されました。参加24校、我が牧陵会は会員約120名の他、母校の西村校長先生と在校生も加わり、130名を超える大合唱団になりました。
朝からの打合せや練習、昼食休憩の後会場へ入り、衣装を整えてリハーサル。
午後の部トップで舞台へ整列。実行委員長挨拶に続いて県民歌“光あらたに”を会場の皆さんと一緒に歌い、いよいよ本番です。
一年生の奥脇真理子さんの学校紹介の後、校歌の合唱です、指揮は牧陵合唱団の近藤寛邦氏、ピアノ伴奏は一年生の和田 樹さん。
緑高校歌に続く三中校歌は、指揮が応援指導部OB5名に交替、ピアノ伴奏は小島和子氏、歌い終えて「フレーフレー緑高」、「フレーフレー三中」、「フレーフレー小田原高」のエールを送り退場。緊張の中にも想いきり歌い上げた満足感で皆晴れやかな表情でした。

終了後の打ち上げが「一ノ蔵」で行われ、40名が参加しました。山下会長の挨拶の後、校歌祭の余韻が残る中楽しいひと時を過ごしました。
打ち上げ会の残金は牧陵会に寄付されたことを申し添えます。

再来年の第8回校歌祭は牧陵会が幹事同窓会の予定です。学校創立90周年にも当たりますので、大いに盛り上げたく、今回以上多くの会員の参加をお願いします。

報告 広報部会長 川島佳代子

平成23年9月23日

掲載責任者 事務局長 浅見 哲治

第6回 青春かながわ校歌祭開催  速報!! (写真集)

平成23年9月23日
神奈川芸術劇場にて

牧陵会 中学17期~高校1年生が緑高高歌・三中高歌を熱唱

クリックすると写真集がご覧になれます

画像をクリックすると動画がご覧になれます。

再生時には、音量にご注意願います。

第6回校歌祭報告

「第6回青春かながわ校歌祭」が9月23日、この春オープンしたかながわ芸術劇場にて開催されました。参加24校、我が牧陵会は会員約120名の他、母校の西村校長先生と在校生も加わり、130名を超える大合唱団になりました。
朝からの打合せや練習、昼食休憩の後会場へ入り、衣装を整えてリハーサル。
午後の部トップで舞台へ整列。実行委員長挨拶に続いて県民歌“光あらたに”を会場の皆さんと一緒に歌い、いよいよ本番です。
一年生の奥脇真理子さんの学校紹介の後、校歌の合唱です、指揮は牧陵合唱団の近藤寛邦氏、ピアノ伴奏は一年生の和田 樹さん。
緑高校歌に続く三中校歌は、指揮が応援指導部OB5名に交替、ピアノ伴奏は小島和子氏、歌い終えて「フレーフレー緑高」、「フレーフレー三中」、「フレーフレー小田原高」のエールを送り退場。緊張の中にも想いきり歌い上げた満足感で皆晴れやかな表情でした。

終了後の打ち上げが「一ノ蔵」で行われ、40名が参加しました。山下会長の挨拶の後、校歌祭の余韻が残る中楽しいひと時を過ごしました。
打ち上げ会の残金は牧陵会に寄付されたことを申し添えます。

再来年の第8回校歌祭は牧陵会が幹事同窓会の予定です。学校創立90周年にも当たりますので、大いに盛り上げたく、今回以上多くの会員の参加をお願いします。

報告 広報部会長 川島佳代子

掲載責任者 事務局長 浅見 哲治

「こころの玉手箱-鈴木幸一」(日経新聞夕刊から掲載 ⑤)

 鈴木幸一氏(高17期)に関する記事を掲載します。

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平成23年9月9日

掲載責任者 橘川和夫(高18)

「こころの玉手箱-鈴木幸一」(日経新聞夕刊から掲載 ④)

 鈴木幸一氏(高17期)に関する記事を掲載します。

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平成23年9月9日

掲載責任者 橘川和夫(高18)

「こころの玉手箱-鈴木幸一」(日経新聞夕刊から掲載 ③)

 鈴木幸一氏(高17期)に関する記事を掲載します。

画像の説明

平成23年9月8日

掲載責任者 橘川和夫(高18)

「こころの玉手箱-鈴木幸一」(日経新聞夕刊から掲載 ②)

 鈴木幸一氏(高17期)に関する記事を掲載します。

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平成23年9月7日

掲載責任者 橘川和夫(高18)

「こころの玉手箱-鈴木幸一」(日経新聞夕刊から掲載 ➀)

 鈴木幸一氏(高17期)に関する記事を掲載します。

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平成23年9月6日

掲載責任者 橘川和夫(高18)

高齢者にITを話す  (鈴木幸一氏の経営者ブログ)(日経新聞2011.09.06)

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 鈴木幸一(すずき・こういち)1946年9月生まれ。国内インターネットサービスの草分け。インターネットイニシアティブ(IIJ)を設立し、郵政省(現総務省)との激しいやりとりの末、93年にネット接続サービスを開始。後に続くネット企業に道をひらいた業界の重鎮。酒、タバコ、音楽と読書を愛し、毎春、東京・上野で音楽祭を開催、自宅は蔵書に埋もれる。



 「大変失礼ですが、これほど高齢者の方々の前で、ITについて話をしたことがありませんので、ITの周辺にかかわる話をしましょうか」

 8月も残り少なくなった日に、40数年ぶりに、卒業した高校に行く。卒業以来、母校とは、まったく縁遠くなって、同窓会すら出席をしたことがなかったのだが、「ホーム・カミング・デイ」というしゃれたタイトルがついた集まり、要は同窓会のようなものがあるので、同期生から記念の講演をしてほしいと頼まれて、ふと魔が差したというか、どこかに懐かしい気分があって、ずいぶんと前に、引き受けてしまったのだ。

 広い区画にわたって進駐軍に接収され、高校もわが家の周辺も、緑が目に染みる芝生に囲まれた庭をもつ進駐軍の将校さんの住居や、兵士の寝泊まりする鉄条網に囲われたカマボコ兵舎があちこちに散見された横浜の中心部に育ちながら、20歳前から、法事等々の家族の集まりのほか、めったに横浜には行かなかった。子供の頃から、外国人墓地、山下公園、港の埠頭(ふとう)、その近辺を、長い時間をかけて、散歩というか、彷徨(さまよ)っていたのだが、なぜか、大人になってからは、横浜とはすっかり疎遠になってしまったのである。

 小中学校、高校と横浜の公立学校にお世話になりながら、おのおのの学校を卒業した途端、一切のかかわりをもたなかったのが、還暦になった折、小学校6年生のクラス会に顔を出してみたら、50人超だった同じクラスの同級生が、30人ほど集まっていて、びっくりした記憶がある。

  横浜市中区、それも古くからの中心部にある住宅街ということもあるのか、ほぼ、50年にわたって、大半のクラスメートは、延々と付き合いを続けていることが不思議だった。案内にあった会場に行くと、私の顔をみても、出席者からはキョトンとされて、名を名乗ったら、「えー、こうちゃんだあ。本当に来たんだ」と珍しいものでも見るように歓迎されて、不思議な気分になったものである。

 何十年も同じ場所に住んで、付き合いを続けるというのは、農村とか、昔の地域社会だけだと思っていたら、都会の真ん中にそんな地域社会が残っているのである。もちろん町並みは、次々と建てられたマンションが占拠して、面影もないのだが、それでも、小学生から高齢者に至るまで、ずうっと付き合いを保っていく温かみがあるのだ。

 大学に進む人間が、まだ少数者だった世代だから、同期といっても、その職業は、ほんとうにまちまちなのだが、それが、長く集まりが続いている理由なのだろうか。中学から定年まで同じ工場で働いた人、ちいさな商店を継いで、数十年たっても小さいままの商店の親父になっている人、孫が何人もいるおばあちゃん、水商売にはいって苦労を続けたであろう女性、ほんとうにさまざまな人生の過程を送ってきたはずが、その年月を通じて、集まり続けてきたというのは、この歳になってみると、うらやましいというか、人びとの価値観とか、社会の基盤がしっかりしていた時代だったのだと思ったりする。

 「私は、最近、この高校に在籍できたことを、ますます感謝するようになっています。身体は健康そのものなのに、理由もなく、あれだけ欠席し、授業をさぼり続けたのに、大げさに問題児扱いもされず、退学処分も受けず、普通に卒業という形で送り出してくれたことに、言葉で言い尽くせない恩を感じているのです。旧制中学時代のにおいが残った先生が多かったせいか、私のような愚たら学生を、まあ、いつも変わり者はいて、そのうちマトモになるかもしれないし、ダメかもしれない。放っておくのがいい。たぶん、そんなおおらかな精神で、高校生という難しい時期の若者を見てくださった先生方は素晴らしい教育者で、このような教育の精神をぜひ、この高校で続けてほしい」

 IT、それもインターネットについて、どこから話し始めていいのか、考えあぐねていても仕方がないので、怠惰な不良学生であった私の高校生活を寛大にも許容してくれた高校生活の話や、授業をさぼり続け、博物館やら美術館、図書館で時間をつぶす大変さを話す。普通に授業に出ていると、朝から夕方までの時間が、実に素早く流れるのだが、自分で、それも家に戻ることをしないで、時間を費やすことがいかに大変だったかと。

 傍から見てどうかはともかく、私も中学生までは、優等生だった記憶がある。それが高校生になった途端、もやもや病が襲ってきたのである。ただただ、自分の居場所とそりが合わない、なんだか違うけど、といった深い霧に閉ざされたまま、それは大学時代を通じて治ることがなかった。定期的に給与をもらう社会人になり、否も応もなく、ルールに従い、必死に働き始めたら、もやもやとした違和感がようやく消えていったようだ。とりあえず、人並みの社会人になって、ここまでなんとか生活をすることができたのは、寛容な高校で、卒業まで放っておかれたことによるに違いない。もちろん、寛容すぎる家族も支えにはなったのだが。

 「私が、インターネットの概念に触れたのは、1969年、大学に入ってもぐうたら生活が続き、ゴロゴロとアメリカの雑誌を見ていたら、今でいうインターネットの実験の記事があって、本当にびっくりしたのです。インターネットという技術革新が実用化された場合には、政治から産業経済、暮らしまで、すべての仕組みが変わる。仕組みが変わることは、時代の精神というものを変えてしまうもので、今はまだ、ようやくその初めの段階にあると言ってもいい。インターネットを資金的に推進したのはアメリカの国防総省ですが、それを技術的に発展させ、情報通信の基盤インフラとなれる形にしたのは、軍関係の仕事に就くことによって、ベトナム戦争の良心的徴兵忌避者となった若い技術者というか、愚連隊エンジニアだった。インターネットが何を変えつつあるのかと言えば、情報を発信する側と、情報を受信する側の構造を根本から変えてしまうことと、情報を配ることがほとんど無料に近い形になる、つまり、活字情報から映像まですべてがインターネットという情報・通信の基盤インフラになるということです。新聞からテレビに至るあらゆるメディアの情報がインターネット上で送受信されるようになる」

 ITの話ということで、要約すれば、そんなことを一つひとつ具体例を重ねて話したのだが、眠ってしまったのは、一人か二人だった。「高齢者というけれど、鈴木さんだって、そろそろ前期高齢者でしょう」。話のあと、同期生に笑いながら抗議される。私たちの世代は、まさにベトナム戦争を時代の背景とするのだ。

 誰も触れようとしないけれど、高校2年生の時、私と席を並べていたまじめな女子生徒が、後に浅間山荘事件で惨殺されている。「どうして鈴木さんのように、勝手にさぼっていられるのかなあ。将来のこと、考えたことないのかなあ」と、つぶやくように問われた言葉を忘れることはない。

 政権が代わって、内閣の顔ぶれをみると、首相以下、松下政経塾の出身者が多い。そのぜひはわからないけれど、大学を出てすぐに、職業としての政治家を志す松下政経塾に身を置き、20代半ば過ぎには、選挙に身を投じたまま現在に至っている人ばかりというのは、どうなのだろう。学校と政治の世界だけしか知らない人たちばかりというのも、なんだか不安なことにも思えるのだが。政治の世界が、普通の生き方をしている人間には、想像もできないほど複雑怪奇で、さまざまな人間と選挙という修羅場で付き合ってきたわけだから、違った意味での人生経験を踏まえてきていることは間違いのないことだろうけれど、若い頃から選挙がすべてという方々の政治というのも、どこか引っかかるのである。

平成23年9月6日

掲載責任者 橘川和夫(高18)


 平成23年8月28日(日)、牧陵会が、母校・神奈川県立緑ヶ丘高校で開催した「ホームカミングデイ」において、講演会の講師を務めていただいた鈴木幸一氏(高17期)のブログが日本経済新聞・電子版に掲載されていましたので、転載しました。
 なお、このブログは、毎週火曜日に掲載されますので、インターネットでアクセスしてみてください。

第10回 牧陵・緑のフェスティバルが開催されました。

サッカー部 OB模擬店 『たこ焼き店』

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高校17期・62期 合同模擬店 『搗き立て持ち餅店』

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茶道部  『呈茶』

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ブラスバンド部  『ブラスバンド演奏』

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高校13期  模擬店 『カキ氷店』

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高校63期  模擬店 『焼き鳥店』 + 西村校長先生特別参加

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高校21期  模擬店 『フランクフルト店』

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特別講演 鈴木幸一氏 『ITの将来』

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会場全体の様子を映像でまとめました。

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8月28日(日)10:00~16:00 緑ヶ丘高校にて盛大に開催されました。

平成23年9月4日
掲載責任者 広報部 佐藤正彦



介護保険制度に詳しい方、ご連絡ください

牧陵会会員で中学18期~20期のグループ「いつなし会」は、毎月定例会を開催し、二十数名の方が参加しています。
皆さん80歳以上で、元気とはいえ明日の健康を気にしています。

「いつなし会」の事務局長から、お世話になるかもしれない「介護保険制度」についてお話を聞きたいとの申し出がありました。
ボランティアで介護保険制度のお話をしていただける方はご連絡ください。

連絡先
牧陵会事務局 電話 045-664-9020

掲載責任者 浅見哲治

神奈川県サッカー選手権大会 2回戦 応援記  

藤沢工科高校との対戦 2:1で快勝

次戦は、7月25日(月) 対 横浜創学館
11:00 (於)茅ヶ崎北陵高校G
是非とも応援の程を宜しくお願い申し上げます。

なお、高校のサッカーの試合については、下記のサイトで日程、結果が確認できます。

http://www2b.biglobe.ne.jp/~isao/


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1点目の得点

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2点目の得点の瞬間

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応援席に勝利の報告

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<お正月明け国立競技場で決勝戦が行われる恒例の大会です>

〔日時〕7月23日(土)
〔場所〕神奈川県立川和高校G11:08 KickOff
〔対戦相手〕藤沢工科高校
〔応援団〕 サッカー部員10名
      父母兄関係者15名 
      牧陵会 浅見事務局長+森+牧陵会旗+緑タオル

〔チームスタッフ〕 ヘッドコーチ 田村監督
          女子マネージャー3名 AKB?(2年生1名・1年生2名) 

【結果】    2:1で快勝!
  
【試合経過】 風上からのスタートも中盤でのチェックが意思統一されず、最終ラインが上手く相手との間を掴み切れず押し込まれる展開で前半7分、至近距離までドリブルで持ち込まれ先制点を献上。
そのままの勢いで押し込まれた前半12分、相手の決定的なへディングシュートを守備陣のナイスクリアーでしのいだ後、守備陣の間の詰めとビルドアップの精度の安定感を取戻し、徐々にペースを握り始め16分、初めてのコーナーキック(左)から頭で同点に追いつき、バイタルエリアでのパス精度が上がり21分、縦にうまく抜け出ようとした選手にボールが通り 中央やや右から右足で左ゴール上隅へパスの様な繊細なシュートを蹴りこみ前半を2:1のリードのまま折り返す。
後半はハーフタイムでの田村ヘッドコーチの指示である、
①前に大きなボールを蹴るばかりでなく、前の選手の足元にボールで供給する。(そう失われることはないだろうとも付け加えた)
②そこを起点にもっと厚みのある攻撃を仕掛けろ。(後からの押上げが必しかも繰り返を)を実践し続け、0:0のまま2:1で快勝しました。
一試合を通じCKを6回:3回と圧倒し、シュート数及び決定的なチャンス数も上回り見た目のイメージより攻勢の時間を奪っていました。それは開始15分くらいまでは受け身に立ち、徐々に自分達のペースに持ち込むスタイルなのかなとも思えます。
特にデイフェンス陣の修復力と順応性・個人技は時間がたつにつれ感服しました。又、残り15分あたりから相手のラフプレイ・アフターファウルが激しくなったにも拘らず我慢した選手に拍手です!(紳士の卵なんですね・・・)
   
【本音】①前戦の柏陽高校のツートップほどハラハラせず見れました。
    ②藤沢工科高校のパワー Vs 緑高の個々の足元のテクニックと中盤の構成力と感じました

頑張れ!横浜緑ヶ丘高校!

平成23年7月25日
記事作成者 事業部 森 正人
掲載責任者 広報部 深海なるみ





93回高校野球4回戦 立花学園に惜敗

緑ヶ丘高校0-3立花学園
前日から当日の朝まで降った雨で開催を心配しましたが、第二試合開始頃にはグランドが乾いてきました。
先攻 立花学園
後攻 横浜緑ヶ丘高校

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4試合目になると選手に落ち着きが見られ、立ち上がりも安心してみていられました。
1・2回は双方ともランナーを出すが要所でヒットが出ず0点。
3~5回 双方とも三者凡退。
6回表 痛くないデッドボールから三塁まで走者を進められるが、好守で点に抑える。
7回表 三塁打を許すが、ピッチャーが踏ん張り0点に抑える。
8階表 デッドボールから長打を含む連続4ヒットで3点を取られる。
9回裏 緑ヶ丘はランナーを2塁まで送るが、得点できず試合終了となる。
感想
試合を重ねることに選手の成長を感じられました。
連日応援に来られた牧陵会会員・父母会等関係者の皆様にお礼申し上げます。

掲載責任者 浅見哲治



緊急情報 高校野球 試合日程変更の確認方法

緊急情報 高校野球 試合日程変更の確認方法
インターネットから
「KHBF」(神奈川県高野連) 検索
新着情報 確認
カレンダーの日付クリックで試合予定が確認できます
事務局長 掲載責任者 浅見哲治

第93回高校野球 3回戦・5-6で緑高勝利

7月18日・3回戦 第2試合  等々力球場

相 模 大 野
横浜 緑ヶ丘×

結果 相模大野高校5-6緑高 

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<応援席>
  生徒の応援は野球部員・吹奏楽部チアリーディング部と急造応援団とで約200名、2回戦を勝利した事により大幅に増えた関係父母、卒業生のOB・OG(平均年齢は?)400名、総勢600名全員が熱き戦いへ声を枯らし大声援を送りました。

<試合経過>
  相模大野高校の先攻、エース水沼投手を次戦に向け温存する形で2年生エースの一石投手を先発起用の緑高が後攻でプレイボール。
  その一石投手が初回をを三者凡退で抑えるとその裏すかさず1点を先取、以降2・3回と1安打に抑えるものの、4回表に2安打を浴び1点を献上同点に。しかしその裏緑高打線もすかさず3安打+相手のフィルダーチョイスと連携ミスに乗じ3点を奪い主導権を握る。
  そのまま両者無得点のまま7回に入り好投一石投手が相模大野打線に捕まり2点を献上するも、すぐさま3安打を連ね2点を奪い6:3と優位に立つも最終9回に再度の連打・四球を与え2点を失い、エース水沼投手の登板を仰ぎ事なきを得、1点差での勝利となりました。
    (エースも危なかった!)

<所感>
    ①9安打を打たれ5点を失ったものの四球2つと、サイドスローの一石投手が
      相手のバンド攻勢に冷静な対応が出来た今後におけるおおいなる期待。
    ②相手の安易なスクィズミス等に助けられた場面が多々あった事。
    ③2塁手のタッチ・ゲッツ-・3塁手のファィンプレー等に助けられた事。
    ④ライナーで頭上を抜かれ左翼手象徴するちょっとした油断。
    ⑤チャンスに下位打線で送らせ無い戦術の不透明さ。
    ⑥どの球を打つのか見えない上位打線。
      (全10安打中、4安打は外に打つ打ち方に迷っていない2番打者でした)
      等々、課題は随所に感じた次第です。

<エールの交換

OB・現役の皆さん、一度体験されるとすごく良いものですョ!
  一度母校の試合に足を延ばすのもたまにはよいのではないでしょうか・・・・。


祝勝会にて

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平成23年7月19日
文責 スポーツ応援隊 事業部会 森 正人
掲載責任者 広報部 深海なるみ




平成23年度全国高等学校サッカー選手権神奈川県観戦記

(全国大会は正月明けの国立競技場です!)

『日時』    平成23年7月17日(日) Kick Off 9:35
『相手』    柏陽高校
『場所』    柏陽高校G
『応援団他』 サッカー部員10名・マネージャー女子3名・父兄他20名
『その他』   顧問 川手先生  
         ヘッドコーチ 田村監督
         サッカー部員数22名(1・2年生)
         マネージャー 女子(2年生1名・1年生2名) 

『結果』2:2で延長戦も決着つかずPK戦へ突入、4:5で突き離し勝利!

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この画像はイメージとして追加させていただきました。実際の試合の写真ではありません。)

『試合経過』
  9:35柏陽高校のKick Off で始まった試合は柏陽高校が押し気味で進むものの17分横浜緑ヶ丘高校がゴール前の混戦からクリーンシュートで先制激怒。しかし相手の猛反撃に前半終了間際同点とされる気持ち悪い。後半に入り、さらに攻め立てられ後半28分に失点失恋。
 しかしそこから積極的な反撃で3分後に相手のオウンゴールで2:2と追いつく悪魔。そのまま延長戦も決着つかずPK戦へ!
 柏陽高校先蹴りの一人目をGKのナイスセーブで止め、その後両高選手ともゴールに蹴りこみ4:5で我が校の勝利となるGOOD。  
 我が校は1・2年生のチームの中、相手は3年生が3名出場しているので大金星かと思います。
 実際に観戦していて相手の方がフィジカル・スピードは1枚上でした。(特にツートップは)(故に止められてしまった相手選手が試合後泣いているのを見るのは忍びなかった・・・。)

     
 次戦は7月23日(土)川和高校Gで第2試合(11:00~)藤沢工科高校との対戦となります
牧陵会会員の皆様の奮っての応援参加をお願いいたします。

平成23年7月17日
記事作成者 事業部 森 正人
掲載責任者 広報部 深海なるみ




7月16日・・・牧陵新聞、封筒入れの報告をします

19名の方が封筒入れを行いました
常連の高校3期の6名他、11期、12期、13期、15期、16期、21期、22期の方々が、約6000通を消化しました
17日と19日で9000通の封筒入れを行います
都合のつく方はご協力ください

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平成23年7月16日
記事作成者 事務局 浅見 哲治
掲載責任者 広報部 深海なるみ




第93回高校野球 6-1で緑高が勝ちました

第2回戦=第2試合   秦野球場

横浜緑ヶ丘
厚 木 西

結果  緑高6-1厚木西
生徒の応援は野球部員、吹奏楽部、チアリーデング部で約200名。
関係父母、卒業生の100名、総勢300名全員が灼熱の中、熱い声援を送りました。
応援は野球部部員がリードし、高校15期の伊藤順孝さんが要所を締めました。

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応援風景1

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応援風景2

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応援風景3

試合経過
専攻の初回、幸先よく1点を奪うもののその裏1点を返されました。
両エースの投げ合いとなりましたが、4回表にスクイズで1点を奪い、その後度々ピンチを背負いましたが、水沼投手の踏ん張りと野手の好プレーで厚木西に点を与えませんでした。
7回には4点を奪いましたが、打ち勝ったという印象は薄い勝利でした。

3回戦 7月18日(月・祭日)13:30 川崎市 等々力球場
立野高校と相模大野高校との勝者と対戦します。
牧陵会旗を目印にお集まり下さい

平成23年7月16日
文責 スポーツ応援隊 事業部会 森 正人
掲載責任者 広報部 深海なるみ





横浜緑ヶ丘高校を応援しよう

第93回全国高校野球神奈川大会
牧陵会スポーツ応援隊と牧陵野球部OB会が、生徒と一緒に応援します。
スタンド入り口付近で「牧陵会籏」と「グリーンのタオル」を目印にお集まり下さい

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昨年の応援風景から



横浜緑ヶ丘高校は1回戦シードです。
第2回戦は、7月14日(木) 第2試合(13:30) 秦野球場
対戦相手は、平塚湘風高校対厚木西高校の勝者です
秦野球場
所在地  秦野市平沢148
交 通  小田急線秦野駅下車。神奈中バス2番で高砂車庫行き、又は日立行きで運動公園前下車

第3回戦 7月18日(月 海の記念日)第2試合(13:30) 等々力球場
等々力球場
所在地  川崎市中原区等々力1-1
交 通  南部線、東横線武蔵小杉駅下車。東急バス市民ミュージアム行き、溝の口行き又は市バス中原行き(約10分)。等々力グランド入り口下車、徒歩1分。

第4回戦 7月21日(木)第2試合(13:30) 保土ヶ谷球場
所在地  保土ヶ谷区花見台4-2
交 通  相鉄線星川、和田町駅から徒歩15分
     バス 横浜駅西口、保土ヶ谷駅西口から市バス25系統、球場前下車。
応援に参加された方の感想文等を事務局にお寄せ下さい。

平成23年7月8日
文責 掲載責任者 事務局長 浅見哲治



第93回全国高等学校野球選手権神奈川大会組み合わせ決まる。

画像の説明
6月11日,青少年センターで神奈川大会の抽選会が行われ、対戦相手と日程が決まりました。会員皆様の応援参加をお願いします。

横浜緑ヶ丘高校は1回戦シードです。
第2回戦は、7月14日(木)第2試合(13:30) 秦野球場です
対戦相手は、平塚湘風高校対厚木西高校の勝者です。
事業部会スポーツ応援隊が応援団の準備をします。
応援スケジュールは後日お知らせします。

第3回戦は、7月18日(月 海の記念日)第2試合(13:30) 等々力球場です。

平成23年6月11日
文責 事務局長 浅見哲治
掲載責任者 広報部 深海なるみ


平成23年度「第1回同期会幹事委員会」を開催

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 平成23年度「第1回同期会幹事委員会」を4月16日(土)の10:00から大桟橋近くにある波止場会館5階の多目的ホールで開催しました。
当日は東日本大震災からまだ一ヶ月余りしか経っておらず、委員の皆さんが集まるかと心配しましたが、最年長で中17期の小濱真一氏を筆頭に高62期、高63期(今年3月に卒業)の若手まで48名が参加してくれました。牧陵会からは会長の山下東洋彦氏(高13期)、副会長兼同期会幹事委員会委員長の石井清氏(高12期)以下17名が参加しました。
会は山下会長の挨拶後、
①平成22年度後半の活動報告
②平成23年度活動方針と
主な行事予定などを牧陵会の各幹事が説明しました。
特に平成23年度は母校の創立90周年(平成25年)および校舎改築に向けた記念行事の開始と「牧陵たうんページ」拡充活動に力をいれていく旨説明をしました。

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山下東洋彦会長 挨拶

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遠藤節子会員部会長(代行)説明

議事項目
(1) 同期会幹事委員会について(説明:石井委員長)
牧陵会での役割と委員各位に対する期待を述べました。

(2)平成22年度後半の活動報告(説明:石井委員長、浅見事務局長)
   □第9回ホームカミングディ“牧陵・緑のフェスティバル”
   □平成22年度「第2回同期会幹事委員会」
   □第5回青春かながわ校歌祭
   □牧陵会ホームページ掲載研修会
   □平成22年度幹事懇談会
   □平成23年・牧陵会新年会
   □平成22年度 会費及び寄付の納入実績
   □あて先不明者の判明状況

(3)平成23年度活動方針(説明:石井委員長、山下会長、遠藤会員部会長代行)
   □牧陵会活動基盤の強化
   □母校の創立90周年(平成25年)および校舎改築に向けた記念行事の開始
    校舎立替計画の概要と創立90周年記念行事の計画について説明した。
   □第10回ホームカミングディ“牧陵・緑のフェスティバル”
    平成23年8月28日(日)に開催する。実行委員長 池田加津男氏(高21期)
    10回目の開催なので節目にふさわしい内容にしたい。
   □第5回青春かながわ校歌祭
    平成23年9月23日(金)神奈川芸術劇場 実行委員長 小島治夫氏(高17期)
   □平成24年 牧陵会新年会
    平成24年1月29日  ワークピア横浜
   □「牧陵たうんページ」拡充活動

(4)魅力ある牧陵会活動へ向けての意見交換
校舎建替に関しての要望、記念行事として計画中の資料展示室に関するアドバイス、牧陵会を発展させるためのご提案など貴重なご意見をいただきました。
また、初参加の高63期を代表して小田島学氏から、今後も積極的に出来る限りのことはしたいとの力強い言葉に出席者全員、拍手で応えました。

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小田島 学(高63期)さん

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総会終了後、高63期生と“牧陵・緑のフェスティバル”に向けての打合せ

最後に深海なるみ副会長(高15期)が閉会挨拶。各卒業期の情報をホームページに掲載するようにお願いをして、11時30分に閉会しました。

 {平成23年度「第2回同期会幹事委員会」は第10回ホームカミングディ“牧陵・緑のフェスティバル”の当日(平成23年8月28日(日))に、母校で開催します。};

平成23年5月30日
会員部会長代行 遠藤節子

記事作成者  西村保久
掲載責任者 広報部 深海なるみ


若人よ!緑のフェスティバルで焼き鳥を焼こう!

焼き鳥屋さんでお逢いましょう

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高63期生の皆さんと打ち合わせ

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昨年の焼き鳥屋さん 西村校長先生と高62期生の皆さん

5月22日(日)牧陵会事務所において63期のフェスティバル準備会が行われました。昨年の62期が指導して、63期が引き続き「焼き鳥」の模擬店を行います。(昨年の状況は62期のページを見てください)
今回は、都合により63期は2名しか集まりませんでしたが、次回の準備会(6月26日(日))とフェスティバル当日(8月28日(日))には多数の卒業生が集まることを期待しています。

(今回出席者)
高63期  荒井渓太 山縣由佳・・高62期 知福崇臣、柏木美香
実行委員   池田加津夫(高21)向井信一(高21)浅見哲治(高15)
(次回準備会)
6月26日(日) 10:00~11:30 牧陵会事務所
メンバーの打合せと役割を決めます
(緑のフェスティバル)8月28日(日)10:00~16:00 緑ヶ丘高校
(スタッフ集合8:15)

(文責)フェスティバル実行委員会 21期 向井信一

平成23年5月24日
掲載責任者 広報部 深海なるみ



ろう城 立谷秀清・相馬市長(相馬市HPから)転載

立谷市長が3月24日発行のメールマガジン(No.248)で、今回の災害について考えを述べていますので、その内容を掲載します。
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/20110324_melma.html

まず今回の地震津波で亡くなられた多くの方々のご冥福を祈りたい。
相馬市の場合、地震の揺れが終わった直後に災害対策本部を召集し、津波からの避難呼びかけと誘導を指示した。海岸部の5027人の家屋が流出て瓦礫となったが、亡くなった方は約一割。多くの方を避難させた消防団の方々に、心から感謝と敬意とお詫びを申し上げなければならない。避難指示、あるいは誘導の業務により逃げ遅れ、殉職された団員が7人。この方々の尊い命と引き換えに守られた、多くの市民の生活と郷土の再建に死力を尽くすことが、私のせめてもの償いと思っている。

さて震災直後は情報収集と生存者の救出に全力をかけた。地震の倒壊による死者はわずかにひとり。その50分後に信じられない報告が対策本部に入ってくる。津波が6号バイパスを越えようとしているというのだ。私には想像もつかないことだったが、現実は原釜、磯部の集落が壊滅、尾浜、松川も高台以外は波にのみ込まれ、原形をとどめる家屋は無くなっていた。体中に心配と不安が走るなか、災害対策本部の次の仕事は生存者の保護と救出者の健康管理である。夕方の、沿岸部のすべてを飲みつくした海水の中で、孤立している被災者をひとりでも多く避難所に退避させ、暖を与え水と食事を摂ってもらうことに専念した一夜だった。

時間がたつにつれて、行方不明になっている親族や知人の報告が入ってきたが、対策本部の中では誰ひとり感情を表に出す者はいなかった。この非常事態に、市をあげて取り組まなくてはならないことを全員が分かっていた。被災の10時間後、4回目の対策会議で我われは、復興にむかって一歩ずつ進んでゆくことを誓い合いながら、今後の行動指針を短期的対応、中長期的対応に分けて策定した。明日になれば、災害の全容がわかるだろう、犠牲者の情報ももっと詳しくわかるだろう、しかしどのような事態であっても臆することなく、着実に計画を実行していくことを肝に銘じた。

二日目以降の避難所は、被災者とライフライン不通による一般避難民とで過密状態となったが、女性消防隊や自衛隊の応援による炊き出しや、早くも届いた支援物資で何とか最小限のことは出来たと思う。
家を無くされた方々の避難所生活から、アパートや仮設住宅での自立した生活に移行してもらうこと、災害現地をできるだけ整理すること、またそれまでの長期にわたる不自由な生活のなかでの健康管理や精神的なケアなど、中長期の計画に添ってチーム一丸となって歩み始めた。

ところが。

45キロ離れた遠くの双葉郡から、二度目の悪魔が襲ってくる。放射能の恐怖という不安心理である。広がる一方の原発事故は一日中の過敏報道とともに、周辺地域はもとより日本中を恐怖心に駆り立ててゆく。半径20キロの範囲が避難指示地域になったころから、相馬市にも遠くに逃げ出そうという気分が広がっていった。
同時に国内の物流業者が敏感に反応し、相馬地方やいわき市に入ることを避けるようになった。ガソリンのタンクローリーなどは郡山で止まってしまい、運転手をこちらから向けないと燃料も手に入らない。震災後わずかに開いていたコンビニやスーパーも商品が入って来ないため閉店である。ガソリンと物資が入らない日常生活の不便に加え、原発の放射能拡散の恐怖が相馬地方を襲ったのだ。

市民は終日テレビにかじりつき、解説者は得意げに危険性を説明する。たしかチェルノブイリでも30キロのはずだったが、45キロ離れて避難命令も出ていないはずの相馬市民の顔色がみるみる不安にあふれていく。
もしも放射能の数値が上がったら、その時避難したのでは遅いのではないか?国は、本当は健康被害が出るくらいの危機的状態なのに、国民を騒がせないために隠しているのではないか?ひょっとしたら今こそが逃げるべきタイミングなのではないか?現に米国は80キロまで避難させたではないか?
事実、屋内退避とされている南相馬市では大量脱出が始まった。ガソリンも食糧も医薬品も届かない陸の孤島にいたのでは、ヒロシマのように爆発してからでは遅いのだという恐怖が、まず南相馬市民を相馬市に向かわせた。相馬市の避難所に押し掛けてきたので、こちらでは新たに廃校となっていた相馬女子高を南相馬市民のための避難所とした。容量は1000人分。もちろん食糧の提供もこちらの義務となるが、我われより困っているのだと思ってひき受けることにした。災害対策本部には、一瞬顔をこわばらせるものがいたが異論は出なかった。
しかし、南相馬市民の不安や脱出願望を肌で感じた相馬市民にも危機感と焦りが生じてきた。早く逃げないと、放射能による障害をまともに受けるのではないかという不安が蔓延するようになってきたのだ。対策本部としては、国から避難命令が出る前に、自分たちで自主避難を決めることはあり得ない。この当たり前の立場を対策会議で確認して、三か所の避難所で演説してまわった。

我われはその後の対策会議で、復興に向けて着実に進む方針を、短期対応、中期対応、長期計画と分けて市内の実情に合わせて着実に進んでいくことを決めてきた。その過程で、もしも国から一時避難を指示されるなら、市民の健康や生命を案じて計画的な集団避難を実行しなければならないが、漠然とした不安にかられて復興計画を遅らせるとしたら、亡くなった人たちに済まない。だいいち、高齢者などの災害弱者にとって、相馬を離れた避難所生活が辛くないはずがない。だから、国から避難指示のない現段階で、市民とともにこの相馬市を離れるつもりは毛頭ない。

ところが、原発の放射能もれに対する国中の不安が、相馬への物流を決定的に止めてしまった。影響が特に厳しかったのが医薬品である。この点は供給会社のトップと話して、相馬がどうしても撤退できない理由を理解してもらった。彼らの理解を得て医薬品の供給は確保されたので、相馬の医療機関は留まることができる。しかし、問題はスーパーやコンビニで、生活用品や食料を調達できないことである。
市民にはご不自由をかけているが、ここで生活の不便さや原発の恐怖心に負けてしまったら、相馬地方は将来ともに復興が出来ないに違いない。昨日、行政組織の区長さんたちを集めて、相馬市はろう城生活に入ることの了解を得た。いつまでも続くはずもない原発騒ぎや物流の風評被害に負けたら、津波から被災集落住民の命を守って殉職した分団長や団員に申し訳がない。
最低、米と味噌と梅干しがあれば、生きてはいける。天明の飢饉はもっとひどかったはずだ。よってろう城をしながらここで頑張る。さいわい全国の市長たちが支援してくれるから、兵糧の心配はない。
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/20110324_melma.html